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day 3

2009年06月04日 12:10

三日目

基本的にキャンプの朝はとても早く起きます
でも二日目の夜7時過ぎに寝床に入ってしまったので
夜中12時過ぎ(一応早朝)に起き出して焚き火のつづきを楽しみました
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Ballast Point, Dorado Double IPA
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最近のお気に入り
大好きな一本です
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焚き火にあたりながら飲むハイアルコールビールも良い
幸せです

今回の旅の最後の一本
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徐々に白んでくる空
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朝焼けがとても奇麗
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やっぱこの時間帯が最高に気持ち良いです

この後しばらく飲んで、また寝て、起きて、撤収して帰りましたとさ








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DEAD MAN HIKING 3

2009年04月27日 13:15

先頭を交代しつつなんとか高度をかせぎながら登り続けましたが
低温の中、強風により凍った斜面に足場を切りながら登ることで体力の消耗が激しく
SPILL WAYの中程で動けなくなってしまいました

そこでコース脇にある小さなリフト小屋(半畳程しかない)に一旦避難することに
二人座るのは無理な程小さな小屋ですが風をしのげる分いくらか暖かく感じます
それでも体の震えが止まらず、しかも眠い
たまらなく眠いんです
雪山で眠くなって死んじゃうってヤツ、あれホントです
何度も眠りに落ちる僕をAdrianが顔を引っ叩いて起こします
とにかく熱になるものをと、凍ったパワーバーを懐に入れ柔らかくしてから二人で分け合いました

しばらく暖をとって一息つけたところでまた作戦会議
ここから頂上まではあと100m程の高度しかありません
しかし僕らの体力も限界に近づいてます
無理にSPILL WAYを直登することはやめて一旦西へ向けて歩きTOTE ROADに出てから頂上を目指すことに決まりました
ココからTOTE ROADまでは平坦な道を数百メートル進むだけで出れます
結局TOTE ROAD、だから最初に言ったのに

半分眠った様な状態で出発
フラフラで記憶も少しあやふや
そんな中でTOTE ROADを目指します
暫く歩きTOTE ROADに出た僕らはそこから南東方向にある頂上を目指します
東から吹いていた風もこの西向きの稜線ならだいぶしのげます
雪面も風に吹かれてない分柔らかく登りやすい
残りの行程は眠いだけを我慢すればそれまでに比べてかなり楽でした

一時間程歩き頂上小屋に到着
時計を見ると朝の7時
登り始めてから6時間も経っています
2時間で登れる山なのに何やってんだか

この小屋は頂上へのゴンドラの終着駅
通称GANJOLA SHACKと呼ばれ、大きなガラスで囲まれた6角形の建物です
中に入った僕らは暖炉の側に荷物を下ろし残っていた薪で小さな焚き火を起こしました
とりあえず麓のコーヒー屋のJAVA JOE'Sが開店する8時を目指し山を下りることにして
それまで仮眠をとることにしました
フル装備のまま寝袋に入って寝ようとしますが今度は寒くて眠れません

頂上にあるこの小屋は強風に吹かれると麓に比べ-20℃の温度差に冷え込みます
事実その時の小屋内の温度計は華氏10°F
摂氏にしてマイナス12℃以下
この地方ではざらにこのくらい冷え込みますが
山の頂上に閉じ込められた状態でこの温度はちょっと怖いです

二人とも眠れずに寝袋の中で震えていましたが
空が明るんで来たところで
『もう我慢出来ない、山を下りよう』
ということになり
荷物をまとめ小屋を出ました

その時見た景色は今も忘れられないです
頂上から下は全て雲海の中
まるで雲の海に浮かぶ島の上、夜明けで明るむ水平線を眺めている様でした
今回の無謀な山登りで良かったのはコレだけ
もしくはコレのために山を登ったのかも知れません

板を装着し雲海へと飛び込み
当初の目的であったKINGS LANDINGを滑ります
昨夜のミゾレのためもちろんパウダーではありません
とにかく早く麓につくためカッ飛ばしました

麓のヴィレッジに到着し、開店準備中のJAVA JOE'Sに飛び込み暖かいコーヒーを流し込みます
ホントに美味い、人生最高のコーヒーでした
厚かましいことに僕らはJAVA JOE'Sの店長に車で寮の近くまで送ってもらい
無事寮に忍び込み、帰り着くことが出来たのでした

やれやれ



この山登りを知っていたのは僕とAdrian、そしてルームメイトの数人です
僕らは危うく人知れず地元の山で遭難するところでした
冬山はどんなに知っている地元の山でも、なめたらやられるということを身を以て学びました
皆さんも気をつけて下さいね~


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DEAD MAN HIKING 2

2009年04月24日 14:19

こないだのつづき


SPILL WAYの麓に着いた僕らは一休みすることに
水筒を取り出し水分補給
ミゾレに加え、強風で体感温度はかなり低く感じます
この調子だとパウダーはあきらめた方が良さそうだな
と感じてました

作戦会議を開きここからどうするかもう一回話し合います
ココから頂上までは高度にして300m程度、決してキツい高度差ではありません
しかし、その斜度は平均30度、最大で40度近く
直登するには面倒な斜度です
またSPILL WAYの麓から西、山に向かって右側に1キロ程進むと
稜線上にあるTOTE ROADに出ることが出来ます

引き返すか、SPILL WAY直登か、それともTOTE ROADに出てから頂上目指すか

僕らの出した結論は


"SPILL WAY直登"


若いって怖いねホント
アイゼンもピッケルも持ってないのに
氷の張り付いた急斜面なんか登らない方が良いに決まってるのに


AM2:00頂上に向けて出発
最初の比較的なだらかな斜面をブーツのつま先でステップを切りながら登っていきます
先ほどから続いているミゾレ混じりの吹雪のため雪面が凍りかけてきてます
高度を上げるにつれて急になる斜面と固くなる雪面
気温も大分寒く感じます
苦労しながら一時間程登り下を見るとまだ5分の1程しか登っていません

このペースだとヤバいなと思いつつ最初の難関に取りかかります
ここから斜面はぐっと斜度を増し以前にも増して登りにくい
しかもその頃には雪面は完全に氷
それでも何とか登り続けSPILL WAYの中程に到着
その時
前を登っていたAdrianが足を踏み外し滑落
下で受け止めようとした僕も巻き込まれ
30m程流されたところで背中に背負ったスノーボードが雪面に引っかかり何とかストップ
かなり危なかった

その場でステップを切り直し足場を作って休憩
バックパックから水を出すと
最悪
カチカチに凍ってます
懐に入れときゃ良かったと悔やんでももう遅い
ポケットに入れておいたPOWER BARを取り出します
POWER BARは日本で言うカロリーメイトのキャラメルバー的なモノ
それを袋から取り出すと
これもカッチカチ
かじり付きましたが歯が折れそうな堅さ
とても食べれません

途方に暮れつつも登頂をあきらめきれない僕らは
また頂上へ向けて出発したのでした


つづく


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DEAD MAN HIKING 1

2009年04月22日 15:39

僕がアメリカにいたころ住んでいたのがMAINE州というのは前にお話ししましたね

正しく言うとMAINE州、CARRABASSETT VALLEYという場所で
SUGARLOAF/USAという東海岸を代表するスキー場が在ります


スノーボードやる人は解ると思いますが
スノーボーダーなら誰でもパウダーが大好きです
パウダーとは積もったばかりのフカフカな深雪で
この上を滑るとまるで無重力のような感覚が味わえます

このパウダーが積もった日は誰がその上を最初に滑るかというのがとても重要です
誰も滑った跡のない真っ白な斜面
これに最初にFIRST TRACKを残すことはかなりの快感
また積雪量の少ない東海岸ではパウダーを滑れる機会は少なく
かなり特別なモノです

雪が積もると
みんなそれぞれがお気に入りの斜面のFIRST TRACKを狙っている訳で
そこで競争というのが繰り広げられます

早起きして一番乗りでスキー場に現れ
リフトが動き出す1時間も前からリフト前に並ぶ
そういう人達の列がリフト乗り場に延々と続くのです


ある雪の降る晩

友人のAdrianが僕の部屋に来まして
『明日の朝一番、KIGS LANDING(コースの名前)にどうしてもFIRST TRACKを残したい』
と言い出しました
『じゃあ明日の朝早起きしな』
と僕が言うと
『今夜、夜中に出発して山を登り、頂上の小屋に泊まって日の出とともに滑りたい。俺と一緒に行かないか?』

うーん、なんだか楽しそうなアイデア

『いいでしょ、行きます』
話がまとまり、準備に取りかかりました

持って行くものは寝袋、飲み水、非常食のPOWER BARだけ
決して大きな山ではないので特別な装備というのは持ちませんでした
スノーボードを担いで登るのでそれほど大きな荷物は持てませんしね

ハイキング用のバックパックにそれらを詰め、板をくくりつけて
夜中の12時に出発

まず住んでいた寮から山の麓まで4キロくらいの距離を歩きます
寮を夜中に抜け出すのは禁止されていたので
人に見られない裏道のスノーモービルコースを明かりも無く歩く
辺りは真っ暗なうえ吹雪いています
目印になるのはたまにうっすら見える山の頂上にある明かりだけ

途中何度か道を間違えながらも麓に到着した僕らはどのコースで登るかを話し合いました
山登りは稜線にそって頂上を目指すのが普通です
遠回りに見えても、斜度も少なく視界がひらけていて登りやすいからです

僕はその稜線にあるTOTE ROADというコースを指定しました
そのコースなら2時間以内に頂上に到着するはずです
しかしAdrianは頂上直下のSPILL WAYが最短だからそのコースが良いと言ってききません

最短=最も急な斜面

ホントに登れるのか?と思いつつも
僕が折れ、SPILL WAYを登る事になりました

まず、SPILL WAYの麓へと続くBOARD HILLという緩い斜面を登ります
途中、コース整備中のキャタピラを操縦する友人に会い
『SPILL WAYを登るのは無謀だ、やめとけ』
と忠告を受けます
しかしそこからTOTE ROADに出るのは面倒です
とりあえずSPILL WAYの下まで行くことに

BOARD HILLを登っている間に吹雪はみぞれへと変わり
吹き付ける風で斜面や服に凍り付いていきます

この時点で引き返せば良かったのですが、、、、


つづく

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CALIFORNIA 12

2009年02月20日 13:54

十二

BOSTONを飛び立った小さな双発機は悪天候の中、大揺れに揺れて1時間弱後無事Portland Maine空港に到着。
荷物が出てくるのを待っている間周りを見回すと、皆迎えの人に迎えられたりしてそれぞれ散って行きます。
気が付くとたった一人。
どうやら荷物を待っているのは僕一人の様です。
その間にもレンタカーカウンター等が閉店してゆき、空港内は静かになって行きます。
15分程待ったでしょうか、やっとBaggage Claimのベルトが動きだし、僕の荷物が寂しく吐き出されてきました。
荷物を受け取った頃には空港は完全にクローズ。
僕以外に誰一人いません。

とりあえず、明日朝一の山行きのバスに乗るために今夜から友人達皆が泊まっているホテルに電話をして、送迎シャトルで迎えに来てもらわなければなりません。

空港内の公衆電話の前に立ちポケットを探ると25セントコインが三枚。
まず一枚目を投入し、宿泊予定地のDays Innに電話をかけます。
カウンターにつながり、とりあえず一人の友人の名前を伝えて部屋に繋いでくれと頼むと、そのような人物での登録の部屋はないとのこと。
次の友人の名前を伝えても同じ結果。
電話が切れそうになったため、もう一枚のコインを投入します。
片っ端から友人の名前を言いましたがどれも同じ結果です。
結局誰も見つからず、通話時間が来てしまい電話を一旦切らざるを得ませんでした。

右手には通話の切れた受話器を、左手には最後のコインを握りしめて。
シカゴで余計な出費さえしなければこんなギャンブルしなくて済んだのに、と考える余裕はその時はありません。

ラストチャンスです。

肚をきめてコインを投入。

カウンタースタッフが出ます。

『誰でも良い、日本人が泊まっている筈だ、その部屋に繋いでくれ』

すると、

『Mr. Kという名前での宿泊者はおりますが、そちらの方ですか?』

『それ!その人!』

やっと繋がった電話に出てくれたのは親友のT君。

『事情は後で説明する!トニカク送迎シャトルを空港に送って!』

と叫んだところで丁度通話時間が終わり、切れました。

もう大丈夫。
T君なら完全に察してくれた筈。

10分程してから送迎シャトルが到着、僕を乗せて夜のPortlandを走ります。

ホテルに着き、部屋に入り、皆の顔を見た瞬間、


泣けてきました

        。
        。
        。
        。
        。

今回、このカリフォルニアの旅についてだいぶ端折り簡略化して書きましたが、ホテルで皆に迎えられた時、皆に説明したくても出来ないくらいの色々な想いや苦労がありました。
ただ、

大変な旅だったんだよ。

としか言えなかったのを覚えてます。
その後この旅についてはT君にだけは思い出せるだけを何時間もかけて聞いてもらったことはありましたが、もうアレから14年が過ぎ記憶が薄れてしまう前にメモ書き程度でも書き残しておこうと思い、このblogに書いてみました。

ただ実際はもっとかなり色々なことがあり、中にはここでは書けない内容の出来事もあり、本当に過酷な旅でした。

17歳でこの旅を経験出来たことはとても良かったと今では思っています。
その後マサキ君は不慮の事故でなくなってしまいましたが、今でも僕の心なかでこの旅の思い出とともに強く残っています。
お世話になった仏君。その他色々な人に助けられて生きているんだなぁと知らしめてくれた旅でもあったと思います。

ただまあ、結局



なんとかなるっしょ





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